ぶらり沖縄人

沖縄ではなく、沖縄人がぶらぶらしてるようです

朽ちた城の、さらに朽ちた城跡へ。 南城市 大里城跡公園

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沖縄の城跡観光にハズレ無し。

 

と言われ始めたのは、2000年に「世界遺産郡」として数々の琉球時代の城(グスク)が世界遺産に登録されたからだろう。たしかに首里城を始めとしたいくつかの城跡は世界遺産としての登録の前後では訪れる客数に違いが見られるという。

 

特に中高年の観光客、また地元沖縄の年配者にも人気だ。さらにはアジアからくる海外旅行者からも注目を集めている。

buraoki.hatenablog.jp

 

城跡とは文字通り、城の跡。 かつての栄華な時代を今に残し現代の我々に過去の歴史を語りかけてくるようなそんな存在。 

 

首里城・勝連城・今帰仁城などの世界遺産に登録されている城跡は、城としての役割を一度は終えたものの、城跡となった今でもかつての存在感を示している。

 

しかし、城跡にも観光としての人気や不人気はある。

 

立地の悪さや施設設備の不十分さ、城跡自体の評価。など・・・自治体も保護活動にはあたってはいるものの、観光に力を入れるほどの物でもない・・・。

 

今日はそんな「ど」がつくほどのマイナー城跡をぶらり旅。

 

那覇空港から車で約40分、そう遠くはない

ぶらり旅ポイントは南城市大里にある「島尻大里城跡(しまじりおおざとじょうせき)」

 

「島尻」とは今はあまり使われる表現ではないが、少し前の沖縄の「郡」の名称の名残で本島南部の地域は「島尻郡」と呼ばれていた。ちなみに北部は「国頭郡(くにがみ)」 中部は「中頭郡(なかがみ)」だ。

 

・・・なぜ北と真ん中には「頭」がついて、俺ら南部は「尻」なのだ・・・とは一定の年齢層以上の南部連中の口癖である。

 

今でも古い人は手紙などに「郡」表記を使ったりしている。もちろんまだ使える表現なので郡以下の住所さえ正確であれば問題なく届けれられる。

 

さて、大里城跡は県道77号線から行くのが無難だろう、県道には案内のための標識も立っている。

 このポイントの交差点を東(地図右方向)へ進むのだ。県道に標識があるため入口は非常にわかりやすい。

 

県道77号線から市道へと入ったあとは道なりに進んでいけばいい、途中でいくつか曲がり道があるが全てに案内板が設けられているため迷うことはない。

 

県道からはおよそ10分ほどで城跡に着く、城跡は道の左側にあるのだがあまりにも殺風景なため通り過ぎるかもしれない。 一応通り過ぎたとしてもすぐ先はパークゴルフ場となっているため行き止まりとなっている、パークゴルフをしないのであればすぐに引き返そう。

 

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雑草が生い茂り、来訪者の少なさが伺える

空はあいにくの曇天だった、時折雲の隙間から青空が見え隠れしていたため雨の心配はなさそうだ。

 

「城跡」というと、メジャーな所では立派な駐車場と案内がつきものだがここは違う。いちおう城跡の向かい側になにやら建物がある、確認すると「大里城跡公園体験交流センター」・・・いったい何の建物なんだろうか。

 

城跡の入口は上の写真の石看板の方から入る。50m離れた場所にももう一つ入口があるが、どちらから入ってもさほど変わりはない。

 

入ると広場になっていた、雑草が腰の高さまで茂っている。

 

普通こういった雑草が生い茂る城跡は先客が作った足跡が踏み固められ、自然の歩道ができるものだがそういった類の歩道は一切見られない。 いったいいつから来訪者がいないのだろうか。

 

 

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画像編集も何もせずにこの風景。まるで来るものを拒んでいるかのようだ・・・

 

広場はテニスコート6つ分はあるだろうか、特に何もない雑草だけた茂るガランとした広場。奥の方に少し登っていく小道が見える、きっとあそこが城跡への道なのだろう。

 

あの小道が正解っぽいのであえて広場を回ってみることに・・・僕は昔からこういった性格で、ドラクエでも正しい道を一発で選択すると負けた気分になる。

 

入口から入ってすぐ右手側に祠がみえた、沖縄ではこういった小さな祠が無数に存在し、道の傍でひっそりと佇んでいたりする。清明祭(シーミー祭)などの時期にはそういった祠に向かって手を合わせている人を見ることが出来るはずだ。

 

 

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あまりパシャパシャ撮るものではないため1枚だけ・・・なんだろうこの暗さは。

 

広場を回っても特に何もなし、もしかしたら何かあるのかもしれないが、草の丈が高いため見つけられないだけかもしれない。

 

城跡と呼べるものはほとんど存在しない

どうやら不正解の道も見尽くしたようなので改めて正解の小道へ。

 

奥へ進み階段になっている小道を上る。すぐに視界が広がりさらに広場のような場所に出る、こちらは先ほどの広場よりも小さめだ。が足場の悪さや周囲に低いながらも石垣のようなものが見えることから、この場所が城跡の中ということが分かる。

 

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こちらは草の種類が先ほどの広場とは違うためか、歩道がうっすらと見える。

 

「城跡」とはいうものの城の面影を残した物はほとんど見られず、曇天の下ただただ静かな場所だった。

 

 

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1本だけ大きな気が根こそぎ倒れている。台風による被害だろう。

倒れた木の幹から新たな芽が生えてきている、どうやらまだ生きているようだ。

 

 

 

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 またしても祠が。沖縄人からすれば身近な存在のため特に印象はないが、見慣れない人からすればまた違った印象を持つだろう。

 

ちなみに沖縄には地蔵がいない、僕が内地に住んでいた頃交差点にあるお地蔵さんを見て驚いたものだ。寺でもないのにお地蔵さんがいる!と。

沖縄のこういった祠は内地でいうお地蔵様に近い存在かもしれない。

 

マイナーとはいえ、されど城跡

さらに奥に行くと屋根付きの石造りのベンチがある。大人が4人程度休めるスペースだ。

 

そこからは大里の景色を眼下に、遠くには与那原町から佐敷までの海が一望できた!

 

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一気に心地良い風が顔に吹き付けてくる。先程までとのギャップもまた良い。

 

実はどの城跡のほとんどもその地域で一番高い場所に作られているため見晴らしが抜群に良い。いくら城の名残が消えていたとしても、これだけは消すことは出来ない。

 

もしかしたらその意味では「城跡観光にハズレ無し」なのかもしれない。

 

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ここは虫除けスプレーよりもガチのハブ注意

ある意味これこそが「城跡」のあるべき姿なのかもしれない(ちょっと無理やりだが)

 

首里城などのように再建につぐ再建も歴史を残す上で大切なことだが、こういった遺跡がだんだんと風化していくさまも、それはそれで風流に感じるのは僕だけだろうか。人が来ないからといってもこういった場所は残していくべきだろう。

 

ただここには珍しく「ハブ注意」の看板がなかった。ここはさすがに要るだろう・・・こういった腰の高さまで生い茂る草むらでは、たまーにハブがとぐろを巻いて寝てたりするのでウッカリ踏まないように気をつけよう。なので歩くときは出来るだけ音を出すように、基本ハブの方が逃げていくので・・・あくまで基本、ね。

 

南城なび|Nanjo Navigator~南城市 観光・文化情報サイト

詳しくは ↑ からどうぞ。