読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぶらり沖縄

沖縄に住みながら沖縄を旅する

神の島。 南城市久高島(なんじょうし くだかじま)

適当な話

f:id:Yoshi4423:20150701200029j:plain

 

前回の玉泉洞の記事にて、とり子 様より『子授かり』の件でコメントを頂きましたので、関連して今回の記事を書いてみることに・・・。)

 

 

久高島の話。。。さて、何から書こうか迷う。

 

まずこの島が「神の島」と呼ばれるのは一切誇張でも何でもなく、数百年前沖縄がまだ琉球王国の時代からこの島は最高位の聖域の地、として崇められていることからそう呼ばれています。

 

大抵この手の話を内地の友人に話したりすると「何言ってんのコイツ」みたいな目でみられるので、まずは先に沖縄の歴史的風俗や信仰についての説明から。

 

ミステリアス沖縄

さて、どんなに沖縄を何十回・何百回と訪れている方がいても絶対に体験することのできない事があります。それは「沖縄の宗教的行事」です。

県外の方には意外と知られていないため、内地から沖縄に嫁いだ女性は必ずこういった行事があることに驚きます。特殊というか独特なので。

 

例えばお墓、知っている方も多いと思いますが亀甲墓とよばれるデッカイ墓です。あれもただデカイだけじゃなく、一族まとめてあのお墓に入ります。

『門中(むんちゅー)』という名で呼ばれる血縁関係のある一族のことですね、ただし死んだ人をその都度お墓に入れていたのではいくら大きい亀甲墓でもいっぱいになるので、そこらへんは門中のルールが細かくあって何年間はここの墓で、次はどこどこへ移動。みたいなのがあったりします。

門中行事も一年の間に色々あります。(詳細は書ききれないので割愛)

門中 - Wikipedia

 

 

また、「ハーリー」や「エイサー」などの祭りは全て神事ですので、派手な祭りの裏では誰かしら地元の方(代表の)が必ずしかるべき場所でお祈りやお参りを行っています。

糸満ハーレー - Wikipedia

・・・そして当日の朝に山巓毛に南山ノロ・糸満ノロをはじめ、根神、糸満にある門中の世話人、ハーレーに参加する三村(西村・中村・新島)の代表者たちが一堂に集まり御願(ウガン)をする。この御願が済むと港では、ハーレーの行事の開始となる。

 

 

さらに各家庭には「火の神(ひぬかん)」と言われる神様を祭っているし、引越しや結婚をした際など新しい居を構えた場合は、そこにヒヌカンを新しく設ける儀式もあります。

 

さらにさらに旧盆の際の3日間、沖縄人は決して海には入りません。祖先の霊が海から来て海に戻るとされていることから近づくことも許されません。

 

まだまだあるけど多すぎます(笑)

 

どうです?内地の方にはかなり奇異に思われるかもしれませんね(笑) 実際僕が内地の友人に話したときも「何それ!ちょっとやりすぎじゃね?」と言われました。(特に最後のは)

 

事実旧盆の時期に観光で沖縄を訪れた観光客は「そんなの関係ないから」と海に入っていきます・・・まぁそうですよね、せっかく沖縄に来たのにそんな地元の宗教的思考なんて普通は無視すると思います。

 

しかしほんの少しだけでもいいので、そういった地元の考えを尊重してもらいたい。なぜならば旧盆中に海で泳いでいる観光客が、地元のオジーオバーに怒られることがよくあるから・・・そしてトラブルになることも。

 

僕的には県外の方にまでそういった考えを押し付けたくはないが、せめて地元の人はこういった考えを持ってるんだよ。というのを分かった上で海に入ってもらいたい。

 

例えば神社仏閣などで外国人観光客がお地蔵様をベタベタと触ったり、ふざけ半分のポーズで一緒に写真を撮ってたりするのを見るとどう思うだろう? おそらく大抵の日本人は「バチが当たるぞ」と思うだろう。が、宗教観の全く異なる向こうからすれば「ナニソレ?」みたいな。例えとしては少し不適切だろうが、まぁそんな感じ。

 

 

ちなみに沖縄のこういった宗教観は分類的には「琉球神道」と呼ばれています。

琉球神道 - Wikipedia

 

いよいよ本題の久高島

話が脱線に脱線を重ねたところで、そろそろ本題の久高島の話を。

 

上記で語ったように、そういった宗教観を踏まえた上でこの島は「神の島」と呼ばれるほどの聖域なのです。今でも。

 

なぜ神の島と呼ばれるかといえば古くは琉球神話まで話がさかのぼります・・・これだけで琉球史の大学の講義ができるくらい長いので割愛(というか良く知らないのが本音ですが・・・)

 

端的に言えば、かつて琉球が創られたとされる伝説の話(これが琉球神話・神話なのでもちろん創作)を琉球国王(以下国民)が崇拝。その神話に登場する神の島として崇められていたのが久高島というわけ。

 

まぁ本当に色々凄い島なんです、島民およそ200名の小さな島。今でも独特の宗教的行事が行われていて、僕らでもハッキリ言って謎。

行事自体原則非公開で男子禁制だったはずなので。

www.city.nanjo.okinawa.jp

詳しくはここを見たほうが早いかな。

 

で、今この島が子授かりの願掛けの場所としてかなり有名になっています。それで島を訪れる人も増えましたね。

 

ただしこれだけは注意を。

そんな久高島を訪れる際には絶対に守ってほしいことがいくつかあります。

 

散々書きましたが、ここは本当に宗教的な聖域です。「パワースポット」などという言葉では一括りにできません。

島に入ることは伊勢神宮の内部に入ることと同じくらいのイメージで、といっても過言ではありません。

 

また、島内の海岸の砂や石・植物などは絶対に外には持ち出さないようにして下さい。以前は島に入るのに靴の裏まで綺麗にしてから入ったものです。

『島に何も持ち込まない、島から何も持ち出さない』

 

そして島内にはいたるところに立ち入り禁止区域が設けられています、そこは神事の際の神聖な場所であり島民でさえも男子禁制となってます。女子だからといって島民以外の人が入るのももちろん禁止ですのであしからず。

 

ここまでしつこいのには訳があります

なぜここまで僕がこの島へのルールに固執するのか、それはかつてこの島であった出来事が関係します。

 

 

芸術家の岡本太郎氏が起こしたとされる「後生(グソー)事件」

 

1966年、久高島を訪れた岡本氏はそれまで謎であった久高島の行事(イザイホー)や当時行われていた風葬などの写真を雑誌に掲載したことから発展した問題。

本来男子禁制であった場所へ立ち入ったり、まだ風葬の途中にある遺体の写真を撮ったりした、と当時の沖縄では大問題となった。

 

が、この事件では色々な反証もされていて、今となっては何が正しくて真実なのかは分かりません。

 

しかし確実に言えるのはこの出来事ののち久高島を訪れる人が爆発的に増えてしまい、島の外から来た人に対する島民感情が悪くなったということでしょう。

 

昔このような出来事があったので、今でもこの島に入る際には、少しばかりでいいので気をつけてもらいたいのです。

 

池澤氏の主張

平成13年6月26日 午後7:30〜 白峰 望岳苑
 
池澤 夏樹/(財)白山麓僻村塾塾長。小説家、詩人。『スティル・ライフ』芥川賞、『母なる自然のおっぱい』読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』谷崎潤一郎賞、『すばらしい新世界』芸術選奨。芥川賞選考委員。沖縄在住。

写真集『岡本太郎の沖縄』は、1967年当時の沖縄人たちの顔をよくとらえた見事な本であり、やはり岡本はただ者ではなかったと思わせるものだ。しかし、書評で紹介することをためらった。それは久高島で、岡本が風葬途中の、まだ死者が判別可能なところを写真撮影し、それを雑誌に発表したことを知っていたからだ。久高島はこの事件をきっかけに風葬をやめた。岡本の写真は島の人々にとって大変ショックなことだったのだ。
岡本は沖縄文化への善意の理解者であった。でも結果として、島の人々を深く傷つけた。
異文化を理解することは難しい。岡本の本と併せて比嘉康夫『沖縄久高島』も読んでほしい。久高島に心許された作者の視点を知ることも必要だと思う。

僻村塾/活動の記録・01.6.26「岡本太郎が沖縄でしたこと」池澤夏樹

 

 

それに対する反証がこちら

blog.goo.ne.jp パート3までのブログ(5分で読めます)

 

 

おわりに

ちょっとおどろおどろしく書いてきましたが・・・。ルールさえ守れば問題はありませんので安心してください。普通の島ですし、島の人もいい人達です。

 

また島内の道ですが、立入禁止区域が多いので逆に迷うこともありません(笑)

 

レンタサイクル屋もあるしメシ屋もあります、宿泊もできます。でも船で20分で着くのでほとんどの方は日帰りがメインかな。

NPO法人 久高島振興会 ← 詳しくはこちらから

 

少しでもいいので、沖縄の風土のこと。久高島のことが分かってもらえれば幸いです。

 

追伸:とり子 様、話が変な方向に爆走してしまいすいません・・・。ぜひ子授かりにあやかって暇があれば久高島にも訪れてみて下さい^^

 

kudakakaiun.web.fc2.com